文明の十字路でひそやかに暮らす

中央アジア・テルメズ市にある大学で働いた日々の記録です。

アフガン国境行き夜行列車(1)

中央アジア、ウズベキスタンの首都タシケントから4泊5日で、同国南部に位置するテルメズ市に行ってきました。なぜテルメズに行くことにしたのか、テルメズとはどういうところかといった説明はこれからおいおい書いていきます。まずは今回のテルメズ行きについて書いてみました。

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4月21日(木)
テルメズ行き夜行列車は夕方7時25分、タシケント《南》駅発。本当は翌朝の飛行機で行くつもりだったがすでに満席だったのか、航空会社のサイトでその便が出てこなかったため、前日から夜行列車で行くことにしたのだった。

1時間前には駅に着いておこうと18時過ぎに自宅のアパートを出た。駅に着いて、乗車前に夕食を済ませようと駅舎の2階にあったファーストフード風の店に入るが材料がなくて食事は何も作れないらしく、さも当たり前のように、コーヒーを飲むのか砂糖はいるかいらないのかと店員から注文を取られる。呆気に取られたが別の店に移るのも億劫でとりあえずコーヒーを飲んで落ち着く。

タシケント《南》駅

停車中のテルメズ行き夜行列車

車両に掲げられた行先表示板

コーヒーを飲み終え、並びの食料品店で水と菓子パンのようなものを買い、プラットホームへ。余裕を持って駅に来たと思ったがもう出発まで30分もない。幸い、列車は一番手前のプラットホームに停まっており、自分の車両を見つけて車掌に切符を見せ乗り込む。座席は予約したときに車両の中央あたりのコンパートメントにしてあった。自分のコンパートメントを覗くとすでに4人座っている。コンパートメントは4人1室なので、あれと思って自分のチケットを見せると、ひとりは別のコンパートメントから話に来ていただけのようで席を空けてくれる。7時25分、定刻通りに列車は出発した。

コンパートメントの4人の乗客のうちふたりが大学の先生で、その人たちを敬わないといけないような組み合わせ。列車が動き出してもあまり会話が弾まない。ふたりの先生が夕食を食べ始めたタイミングでもうひとりの客は部屋を出て行った。私も廊下に出て車窓からの風景を眺めることにする。しかし1時間ほど走ってシルダリア州グリスタンを過ぎると車外の明かりがめっきり少なくなって真っ暗になる。タイミングを見計らって部屋に戻るとすぐに2段ベットの上段の自分の席によじ登り、横になった。

持参したKindleで本を読んでいるとすぐに眠くなってきたので早々に寝てしまう。ただ途中、電車が止まるごとに目が覚める。サマルカンドは分かったが、ほかの駅はどこなのか探る気力がなく起きてはすぐに寝入ってしまう。途中どこかの駅でプラットホームから日本語が聞こえたような気がしたが、夢だったかあるいは(『地球の歩き方』で1ページだけ割り当てられている)山あいの町ボイスンに行く観光客だったか。

4月22日(金)

7時ごろ起床。朝食は年長の大学の先生と一緒に食べる流れに。今はイスラームの断食月だがこの先生は断食をしていない。ソ連時代もそうだが、ソ連からの独立後も25年間にわたって世俗主義を守ってきたこの国ですごして来た世代にとっては断食しないほうが自然なのだろう。この点で世代間の断絶がかなりある。

朝食のあとは例によって廊下に出て外の風景を眺める。すでにスルハンダリア州に入っていて砂漠の風景が続く。しかしまったくの砂漠ではなく、まだらだが草が全体的に生えている。乾燥に強い草なのだろう。

スルハンダリア州を行く列車から見た景色

9時30分ごろテルメズ駅着。何かのスポーツ大会に参加した団体が乗っていたのか、それを歓迎するユニフォームの一団が笛、太鼓とともにプラットフォームで出迎え。私は人混みを避けようと他の人たちがだいたい降りてしまってから列車を降りた。通常の客の出口は改札も何もなく、ただ鉄製の扉が開け放たれているだけの素っ気ないところである。知り合いのテルメズ大学のS先生が若い先生(Aさん)を迎えに送ってくれていた。Aさんと無事に落ち合い、車でホテルまで連れて行ってもらう。

(次回へ続く)