文明の十字路でひそやかに暮らす

中央アジア・テルメズ市にある大学で働いた日々の記録です。

アフガン国境行き夜行列車(3)

4月22日(金)(前回から続く)

S先生はさすがに忙しいと見えて昼食後は足早に立ち去られた。その後はS先生に指示された学生が大学構内の案内を私にしてくれることに。

まずは図書館へ。3階建ての真新しい建物(改装しただけかもしれない)だった。それぞれのフロアを案内されるが開架されている本は教科書のようなものばかりで、日本の大学図書館に並んでいるような専門書は見当たらない。もちろん閉架になっている本もたくさんあるのだろう。ただ、どのフロアの司書の人たちも一様にその開架されている本を熱心に紹介してくれたということは、これらの本が中心なのかもしれない。

続いて寮を案内されるが女子寮。困惑しながらも見せてもらうが、1階や地階にある共用スペースの図書室、娯楽室など。本来は、9月に私がテルメズに来た時に大学寮の中にゲストハウスのような外国からの研究者が泊まれる施設があるので、私もできたらそこに入ったらどうかというS先生の話で、そのゲストハウスを見せてもらう予定だったのだが、おそらく学生たちはゲストハウスについて良く知らずどこでもいいから寮を見せれば良いと思ったのだろう。

いくつかの建物の前を通るが中には入らず、何の学部であるかだけ紹介される。テルメズ国立大学は学生数26,000人以上の大きな大学で学部が14もありキャンパスもここだけではないという話だが、物理・数学学部、英語学部やロシア語学部などの外国語の学部などを通る。

最後に博物館があるというので何かと思って連れられていくと、いわゆる「抑圧犠牲者追悼博物館」だった。タシケントのテレビ塔の近く、ボズス運河のほとりに「抑圧犠牲者追悼博物館」がある。そこには、帝政ロシアが中央アジアを植民地化して以降ソ連時代にかけて、ウズベクの人々がどれだけ政治的に抑圧され犠牲となってきたかをプロパガンダする展示が並んでいる。そのミニチュア版といえるような展示がテルメズ国立大学内にもあるのであった。もしかすると大学でそういう授業もあって授業の教材としてこの展示を使っているのかもしれない。

以前サマルカンド国立大学に行った際には、学内に複数の博物館があって正式名称とは違うかもしれないが、サマルカンドの歴史および大学の歴史を紹介する歴史博物館、考古学博物館、動物学博物館があり、とくに最後の動物学博物館は剥製が所狭しと並べられていて、私がサンクトペテルブルグで留学中に見た動物学博物館を思い起こさせ、帝政ロシアからソ連時代にかけてサマルカンドへ持ち込まれたロシアの学問伝統を髣髴とさせた。

テルメズ国立大学とサマルカンド国立大学では、その設立背景も歴史も異なると思われるので単純に比較できないが、サマルカンドのほうはヨーロッパ風の学問伝統の香りがあるけれども、テルメズ国立大学は国家によって設立され、国家に有意な人材を育成する機関という色合いのほうが濃いのかもしれない。全国の人口約3400万人のうち、人口約18万人にすぎない地方都市の大学に多くを求めてはいけないが、首都のコピーでなく国の出先機関でなく、大学らしく学問をする場所としての雰囲気を作っていくことが「ガイジン」教員には求められるのかもしれない。

(次回に続く)