文明の十字路でひそやかに暮らす

中央アジア・テルメズ市にある大学で働いた日々の記録です。

アフガン国境行き夜行列車(4)

4月22日(金)(前回から続く)

大学見学が終わって16時ごろふたたびAさんに車でホテルに送ってもらう。部屋に入りひとまずシャワーを浴びて落ち着く。そういえば今日は夜行列車でテルメズに着いてそのまま大学を訪れたのだった。

ここに来るまであまり良く考えていなかったのだがテルメズはタシケントより暑い。日差しがタシケントより強く感じられる。そもそもウズベキスタン自体暑く日差しが強い地域なのだが、テルメズはそのウズベキスタンの中でも「一番暑い町」と言われているらしい。元来暑さが苦手で、冷涼なロシア、モンゴルと渡り歩いてきた自分は7年前、ウズベキスタンに住み始めてみて、来る国を間違ったと気付いたが今回はテルメズに来てみて来る町を間違ったことを思い知ったのだった。頭で考えればテルメズに来ることにいくつも理由を付けられるのだが自分の身体には合わない無理な選択をしていることを思い知らされた。

今日は屋外にあまりいなかったはずだがそれでも少し熱中症気味なのか少し頭が痛い。しかしAさんと一緒にホテルまで来てくれた学生のひとりが最後に、夕食を一緒に食べましょうと言ってくれていたのでこのまま寝てしまうわけにもいかず、短い時間でアラームを断続的にかけながらベットで横になる。そんな状態で休んでいると7時になり、8時になる。断食月なので学生が断食しているなら普通でも7時半か、8時くらいからしか夕食が始められないがその後待っても学生からの連絡は来ない。仕方がなく、来るときの列車で食べようと思って食べられていなかった菓子パンのようなものを食べて夕食とする。そしてそのまま寝てしまった。

4月から知り合いのウズベク人の日本語の先生たちと日本語読書会というのをするようになった。テクストは須賀敦子『トリエステの坂道』。私が須賀敦子が好きでウズベキスタンまで本を持ってきていたので、それを無理に読書会のテクストに選んでもらった。12のエッセイからなる本だが、本の題と同じ名を持つ冒頭のエッセイ「トリエステの坂道」を今、皆で読み始めている。初回に読んだ部分で出て来た表現で、参加者が気に入った表現が「……私は、まるで季節はずれの黒い小さな昆虫だった」。このエッセイにも、そして須賀敦子の文章全体にも通奏低音のように横たわっているのはふたつの文化を生きるジレンマだと思うが、この表現は詩人サバのことを理解したくてサバの生きたトリエステに夜の飛行機で向かおうとする筆者がミラノの空港で、ほかのイタリアの都市に向かう便とはまったく違う乗客の雰囲気に戸惑っている描写の中で、比喩として使われている。私はこの地域の歴史、文化、社会などを日本に紹介する仕事をほんの僅かでもできればという思いでテルメズに来ようとしているのであるが、そんなのは頭で考えていることにすぎないんだと嘲うように、現実は私とテルメズの社会との間にある大きな溝を見せつける。それを前に自分も須賀敦子のように「季節外れの黒い小さな昆虫」であると感じざるを得なかった。

(4月22日の項、ここまで)